1954年2月3–19日☆第6回読売アンデバンダン展(東京都美術館)。飯田昭二が出品。
1955年3月1–17日☆第7回読売アンデバンダン展(東京都美術館)。飯田が出品。
1956年3月1–17日☆第8回読売アンデバンダン展(東京都美術館)。飯田が出品。
1957年2月25日–3月12日☆第9回読売アンデバンダン展(東京都美術館)。飯田が出品。
1958年3月頃木村泰典(木村卓→石子順造)、伊藤隆史、伊藤詩朗、前田守一、自鳥泰彦、鈴木慶則、太田清によって、グループ「白(しろ)」が結成される。
3月12–27日☆第10回読売アンデバンダン展(東京都美術館)。飯田、前田、丹羽勝次が出品。
4月22–27日☆「虫」による詩画展(戸田書店画廊・清水)。前田、伊藤(詩)、伊藤(隆)、鈴木が出品(グループ「白」と、グループ「反則」の合同展)。
7月2–14日☆第11回日本アンデバンダン展(東京都美術館)。前田、鈴木が出品(?)。
9月1–14日☆アンデバンダン静岡(清水市青少年会館)。日本アンデバンダン展の静岡版で、早川実、鈴木、伊藤(詩)、伊藤(隆)、前田、白鳥が出品。中村宏、桂川寛、尾藤豊、小野忠重たちも参加。9月7日、針生一郎と桂川による講演会。
10月29日-11月2日☆グループ「白」シリーズ展第1回 前田守一、早川実版画展(戸田書店画廊)
12月7日機関誌『グループ白』NO.1を刊行する。
1月13日機関誌『グループ白』NO.2を刊行する。
2月18日–3月1日☆第12回日本アンデバンダン展(東京都美術館)。鈴木、伊藤(隆)、伊藤(詩)、前田、早川、伊藤勉、小林幹於、大沢富子が出品。
3月4–10日☆グループ「白」シリーズ展第2回伊藤隆史、早川実二人展(幸文堂画廊・静岡)
3月8日機関誌『グループ白』NO.3(グループ結成1周年記念号)を刊行する。
1960年1月10–15日☆伊藤隆史、鈴木慶則展(村松画廊・東京)
6月石子、鈴木、伊藤(隆)が評画・記録漫画の冊子『フェニックス』1号を刊行する。
1961年1月石子と鈴木が、『フェニックス』2号を刊行する。
4月鈴木慶則「前衛は不在か」(『芸術ノート』No.1、前衛美術会、昭森社)
1962年3月2–16日☆第14回読売アンデバンダン展(東京都美術館)。斎藤司郎が出品。
6月11–16日☆丹羽勝次個展(吉見書店画廊・静岡)
?月「記録映画」シナリオ・コンクールに、石子と鈴木が、共作アニメーション「THE PAPER MAN」を出品。
1963年3月2–16日☆第15回読売アンデバンダン展(東京都美術館)。鈴木、斎藤が出品。
8月20日–9月15日☆鈴木慶則個展(純喫茶フレンド・清水)
8月24–27日☆長嶋泰典展(吉原市民会館・静岡)
11月30日-12月5日☆小林幹於、自鳥泰彦個展(竹川画廊・東京)
1964年6月20日–7月3日☆アンデバンダン’64展(東京都美術館)。伊藤(隆)、鈴木が出品。
1965年3月2–7日☆鈴木慶則個展塔のシリーズ(椿近代画廊・東京)。オープニングに際して、「ゲル」、「音の進化論」(作画/鈴木、音楽/刀根康尚、構成/石子)をスライド上映。
◇針生一郎「コラージュによる履歴書」(同展リーフレット)
7月2–10日☆東京芸術柱展(東京都美術館)。鈴木の出品は確認できたべ他は不明。
1966年2月7–13日(第一部)、2月14–20日(第二部)☆今日の自画像展(梅花亭ギャラリー・東京)。針生、中原佑介の企画により、小池―誠、鈴木が第一部に出品。
初夏「触」(1965年結成?)のメンバー飯田、丹羽と「白」のメンバーが合流して、グループ「幻触」を結成。
7月1–10日☆「幻触」展(ギャラリー創苑・東京)。鈴木(慶)、丹羽、小池、近藤文雄、鈴木正雄、長嶋、深沢水恵、飯田、前田、岡本勝博、中森五三九、増田正己が出品。
◇「意欲的な「幻触」展」(静岡新聞、7月7日)
8月17–22日☆長嶋泰典個展(おぎくば画廊。東京)
8月20日「現代美術に関する公開討論会」(堺市民会館。大阪)に石子順造が出席。グループ「位」が主催で、テーマは「芸術と社会」。赤根和生、中原佑介、針生一郎たちも出席。
9月23日グループ「幻触」の主催による講演会(静岡県民会館ホール)。テーマは、「美術に於ける現代とはイ可か」。石子、高松次郎が出席。
10月8日鈴木(慶)が「千円札裁判」の第6回公判で証言。
11月9–14日☆飯田昭二個展(おぎくば画廊)
前田守一「県芸術祭〈美術部門〉への提言」(静岡新聞、11月22日)
1967年3月7日『幻触記』No.1、『幻触器』No.2を刊行する。
飯田昭二「〈地方美術〉と作家主体」(静岡新聞、3月17日)
3月18日『幻触器』No.3を刊行する。
5月23-29日☆インター・メディア(ルナミ画廊・東京)。斎藤、鈴木(慶)が出品。
8月7–19日☆第2回戦争展(日本画廊。東京)。鈴木(慶)が出品。
8月15–20日☆タレープ「幻触」展(静岡県民会館)。飯田、伊藤(隆)、小池、鈴木(慶)、中森、長嶋、丹羽、前田、東クニヒロ、出ロマチ、真田正、望月利八が出品。
◇石子順造「虚在と実在追う冒険家たち――幻触展を見て」(静岡新聞?月?日)
8月17–22日☆表現の不自由展(村松画廊)。鈴木(慶)、斎藤、飯田が出品。
8月25–30日☆第11回シエル美術賞展(白木屋・東京)。鈴木(慶)の「〈内乱のきざし〉の相貌をおびた非在のタブロー」、「裏がえしの相貌をおびた非在のタブロー」が2席、前田の「作品(赤)」、「作品(青)」、丹羽勝次の「作品6707-1」が佳作を受賞。
9月11–20日(前期)、21–30日(後期)☆グループ「幻触」による( )展(ギャラリー新宿・東京)。前期と後期に分けて、飯田、小池、鈴木(慶)、長嶋、中森、前田、丹羽、斎藤が出品。
◇中原佑介「グループ「幻触」について」、石子順造「( )展のために」(同展リーフレット)
◇飯田昭二「現代美術の追求―東京でのグループ展を終えて」(静岡新聞、10月19日)
◇石子順造「絵画を絵画としてつくるグループ幻触のメンバーたち」(『商店建築』vol.12、no.11、商店建築社)
12月10日シンポジウム「芸術運動はどうあるべきか」(長岡現代美術館。新潟)。新潟現代美術家集団GUN主催。石子(司会)、鈴木(慶)が出席。
12月11–20日☆50A.F.(Apres la Fontane)展(ギャラリー新宿)。石子と音楽家の刀根康尚の企画により、鈴木(慶)が出品。
◇瀧口修造「50A.F.展のために」(同展リーフレット)
12月11–26日☆不思議の国のアート展(東京画廊)。飯田、鈴木(慶)が出品。
?月☆モノマニア展(ギャラリー創苑)。鈴木(慶)、斎藤、中森、長嶋が出品。
石子順造『マンガ芸術論』(富士書院)
1968年飯田昭二「缶詰にラベルを」(『眼』No.29、おぎくば画廊、1月15日)
2月5–19日☆おぎくば画廊賞第8回選抜展(おぎくば画廊)で、飯田の「Sugar town」が第8回おぎくば画廊賞を受賞。
鈴木慶則「ぴ・い・ぷ・る《空としての屋根》」(『芸術新潮』2月号、新潮社)
中原佑介「飯田昭二の作品」(『インテリア』4月号、学芸書林)
4月30日–5月11日(村松画廊)、4月30日–5月18日(東京画廊)☆トリックス・アンド・ヴィジョン盗まれた眼展。石子と中原の企画により、飯田、前田、鈴木(慶)、小池、丹羽、斎藤が出品。
◇石子順造「絵画論としての絵画」、中原佑介「Tricks and Vision」(同展リーフレット)
◇「視覚の逆用トリックス・アンド・ビジョン展」(静岡新聞?月?日)
5月10–30日☆第8回現代日本美術展(東京都美術館)。前田、飯田、鈴木(慶)、丹羽、斎藤が出品。
◇「光りと回転運動の結合第8回現代日本美術展」(静岡新聞??月?日)
7月1–13日☆蛍光菊展の国内展示(東京画廊、南画廊・東京)。飯田、鈴木(慶)が出品。
前田守一「幻のハプニング8日15マイナープラン不発」(『新風』、9月15日)
7–8月石子順造、瀧口修造、中原佑介、針生一郎の呼びかけに応じた作家の作品を「反戦と解放展」として、東京の3会場で展示。村松画廊(7月19–30日)、地球堂ギャラリー(7月25日–8月5日)、日本画廊(8月5–17日)。
10月7–13日☆小池一誠「球の表層」展(おぎくば画廊)
10月15–20日☆『幻触』展(吉見書店ギャラリー)。長嶋、東、小池、柴田隆二、飯田、鈴木健司、青島正和が出品。
◇石子順造「幻触展によせて大胆に多様にそして過激に」(同展リーフレット)
◇石子順造「実体と虚像幻触展を見て」(静岡新聞、10月17日)
11月16–27日☆第5回長岡現代美術館賞展(西武百貨店・池袋、その後、12月1日–翌年1月31日にかけて、長岡現代美術館・新潟に巡回)で、鈴木(慶)の「同位のイメージ」が入選。
12月7日–69年1月26日☆蛍光菊展(lCA、ロンドン。その後、3月5–30日まで、バンクーバー・アート・ギャラリーに巡回)。飯田、鈴木(慶)が出品。
2月20日現代芸術講演会(静岡県民会館ホール)。講師は、石子と寺山修司。テーマは、「今日における芸術とは」。
3月『空間の論理日本の現代美術』(原栄三郎+藤枝晃雄+篠原有司男著、ブロンズ社)に、飯田、斎藤、丹羽、鈴木(慶)、前田の作品が掲載される。
5月10–30日☆第9回現代日本美術展(東京都美術館)。第2部門の《現代美術のフロンティア》で、前日、飯田、鈴木(慶)が、また、第3部門のくコンクール》立体・Bで、小池が出品。審査の方法0基準の一般公開を求めて、新潟県現代美術家集団GUNと、グループ「幻触」が要望書を提出。
5月20日『幻触』(『幻角虫器』改め)No.4が刊行される。
前田守一「混迷の中の現代版画県版画協会展に焦点あてて」(静岡新聞、6月26日)
石子順造「批評家の眼誌上ギャラリー美・世界・発見」(『芸術生活』7月号、芸術生活社)
8月19日–9月23日☆現代美術の動向展(京都国立近代美術館)。鈴木(慶)、飯田が出品。
9月3–7日☆今日の美術―静岡展自然・存在・発見(県民会館・静岡)。石子と針生が審査員。招待作品のほかに、青島、東、鈴木(健)、鈴木(正)、鈴木(慶)、小池、長嶋、飯田、丹羽、前田が出品。鈴木(健)が今日の美術展大賞、小池が静岡新聞社・静岡放送賞、丹羽が県美術家連盟会長賞を受賞。
◇石子順造「今日の美術静岡展をみて」(同展リーフレット)
◇石子順造「今日の美術―静岡展を見て」(静岡新聞?月?日)
11月7–18日☆今日の作家69年展(横浜市民ギャラリー)。飯田が出品。
第9回静岡県芸術祭美術展(11月11–16日、県民会館および産業会館)での作品搬入拒否に対して、「静岡県芸術祭美術展がだめになるのを残念に思う会」が抗議声明を発表。
石子順造ほか『現代漫画論集』(青林堂)
石子順造ほか『性の思想』(太平出版社)
1970年5月10–30日☆第10回日本国際美術展(東京都美術館)。小池が出品。
6月9日(あるいは6日)「(石子順造氏を囲んでの)現代美術を語る会」の招聘により、演劇集団「発見の会」が第21回公演「怨霊血染めの十字架」を行う。場所は静岡大学グラウンド。
8月18–23日☆若芝会展(松坂屋・静岡)。伊藤(隆)、鈴木(慶)、前田が出品。
9月18日『幻触』No.5が刊行される。
10月19–25日☆間(戸田書店画廊)。杉山邦彦、鈴木(慶)、前田が出品。
◇「間…とは?」(静岡新聞、10月21日)
◇飯田昭二「非価値なものの追求」(静岡新聞、10月22日)
11月9–17日☆丹羽勝次 Tricks and …展(元城アートギャラリー・浜松」
◇山田治「絵画を約束ごとから解放」(静岡新聞?月?日)
11月17–21日☆李禹煥選定による前田守一展示(ウォーカー画廊・東京)
◇飯田昭二「物質は物質を越え新しい美を開示前田守一個展」(静岡新聞、11月19日)
11月第10回県芸術祭美術展(11月11–15日、県民会館および産業会館)で入選した杉山の版画「死亡届」の展示拒否を巡って、抗議声明を発表。杉山らは、戸田書店画廊やイナノ文具画廊で抗議の展覧会を開催。裁判となる。
12月1(?)–8日☆鈴木慶則展(京都書院画廊)
◇藤慶之「個展散策」(京都新聞、12月4日)
石子順造『表現における近代の呪縛』(川島書店)
石子順造『現代マンガの思想』(太平出版社)
石子順造『現代マンガ悲歌』(青林堂)
1月1日『幻触』No.6が刊行される。
1月19日「死亡届」事件を支援する映画と討論の集会「表現の自由’71」(静岡県民会館ホール)。出席者は、石子、飯田、杉山。◇「ワイド・アングル静岡県芸術祭の〈死亡届事件〉をめぐって」(『美術手帖』3月号、美術出版社)
石子順造「前田守一展示」(『芸術生活』2月号)
3月20日–4月3日☆言葉とイメージ(ピナール画廊・東京)。前田、鈴木(慶)、杉山が出品。
◇針生一郎「言葉と言葉ならざるもの」(同展リーフレット)
◇(M)「言葉ならざるものへの志向言葉とイメージ展」(静岡新聞??月?日)
◇赤根和生「観念の季節の凋落」(『美術手帖』6月号)
3月30日「現代美術を語る会」(清水市中央公民館)が発足。
4月30日第2回「現代美術を語る会」(同)。テーマは「新しい芸術のために」。講師は李禹煥
5月10–30日☆第10回現代日本美術展人間と自然(東京都美術館)。「状況一物質と行為との対話」部門に前田、飯日、鈴木(慶)、小池が出品。
●今日の美術一静岡展(1969年静岡県民会館)
5月30日第3回「現代美術を語る会」(戸田書店)。テーマは「思考と体験」。講師は李。
6月25日第4回「現代美術を語る会」(同)。テーマは「現代美術解説」。講師は李。
7月25日第5回「現代美術を語る会」(清水市中央公民館)。テーマは「現代美術を考える」。講師は李。
8月25日第6回「現代美術を語る会」(同)。テーマは「美術の体験作家の表現行為」。講師は李。
9月11日第7回「現代美術を語る会」(戸田書店)。テーマは「芸術と芸術のばろ」。講師は石子。
11月19日第9回「現代美術を語る会」(清水市中央公民館)。テーマは「映像を問う」。講師は波多野哲朗。
12月2日第10回「現代美術を語る会」(同)。テーマは「1971秋ヨーロッパの現況」。講師は李。
石子順造『俗悪の思想日本的庶民の美意識』(太平出版社)
石子順造、上杉義隆、松岡正剛編『キッチュ:まがいものの時代」(ダイヤモンド社)
1972年鈴木慶則「告知するイリュージョン」(『みづゑ』1月号、美術出版社)
2月18日第11回「現代美術を語る会」(清水市中央公民館)。講師は李。
鈴木慶則「確かな手ごたえとしての自然」(『美術手帖』3月号)
3月1–6日☆前田守一版画展(ハンディクラフトセンター・京都)
◇メレディス・ウェザビー「前田守一による小説」(同展リーフレット)
6月19日–7月1日☆鈴木慶則展(ギン画廊・東京)
◇鈴木慶則「習性としての絵画―模写を考える」(『美術手帖』8、9月号)
7月22–26日☆今日の美術・清水展(花菱百貨店・清水)。鈴木(慶)、長嶋、前田が出品。韓国の美術家も参加。交流展として、8月22–31日まで釜山でも開催。
◇清水達也「自由な空間の構築日韓交流〈今日の美術・清水〉展」(静岡新聞?月?日)
7月23日日韓現代美術シンポジウム(清水市中央公民館)。テーマは、「今日の美術」と「美術の今日」。日本側の講師は、石子、李、鈴木(慶)。
飯田昭二「〈死亡届〉裁判原告勝訴」(『美術手帖』8、9月号)
石子順造編著『小絵馬図譜』(芳賀書店)
石子順造ほか『通俗の構造日本型大衆文化』(太平出版社)
石子順造編著『マンガ家・イラストレーターになるには』(ぺりかん社)
1973年鈴木慶則「死角の絵画マネ風ブラック・オランピア」(『芸術生活』1月号)
鈴木慶則「死角の絵画路上の北斎」(『芸術生活』2月号)
鈴木慶則「死角の絵画圧縮されたアンリー・ルッソー」(『芸術生活』3月号)
鈴木慶則「死角の絵画ダリとジャスパーの洗濯」(『芸術生活』4月号)
鈴木慶則「死角の絵画光琳による屏風ふう屏風」(『芸術生活』5月号)
鈴木慶則「死角の絵画宮本二天の〈枯木鳴鴫図〉」(『芸術生活』6月号)
鈴木慶則「死角の絵画疑似マグリット風絵画〈シーン〉」(『芸術生活』7月号)
鈴木慶則「死角の絵画ミケランジェ日の変装」(『芸術生活』8月号)
鈴木慶則「死角の絵画モネの視線」(『芸術生活』9月号)
鈴木慶則「死角の絵画影の現象学」(『芸術生活』10月号)
鈴木慶則「死角の絵画手づくりの色彩写真」(『芸術生活』11月号)
鈴木慶則「死角の絵画虚構の円空」(『芸術生活』12月号)
石子順造ほか『劇画の思想』(太平出版社)
1974年鈴木慶則「解剖図―イラストレーションとしての解剖の地図」(『美術手帖』8月号)
10月14–20日☆第3回複数による「複数展」(村松画廊)
石子順造『キッチュの聖と俗続。日本的庶民の美意識』(太平出版社)
石子ほか『小さい巨像』(朝日ジャーナル編、朝日新聞社)
1975年石子順造「作家論=鈴木慶則手に呪われた堕天使」(『美術手帖』2月号)
鈴木慶則「紺青の五千海里―自然との交感」(同上)
11月17–23日☆第4回複数による「複数展」{共通(と)差異}(村松画廊)。飯田、杉山、丹羽、小林、長岡宏が出品。
12月4–14日☆今日の静物・展(横浜市民ギャラリー)。飯田、鈴木(慶)が出品。
石子順造『戦後マンガ史ノート』(紀伊国屋書店)
1976年8月29日–9月5日☆第5回複数による「私」展(静岡県庁内展示室)。飯田、小杉一郎、小林、杉山、長岡、丹羽が出品。
◇「意表をつく絵や写真静岡で6人の〈私展〉」(静岡新聞?月?日)
9月1–11日☆鈴木慶則個展(大阪フォルム画廊・東京)
◇石子順造「〈絵画〉を作る一形而上的暗喩としての卜ロンプ・ルイユ」(同展カタログ)
11月1–14日☆今日の空間展INFORMATION & COMMUNICATION(横浜市民ギャラリー)。飯田、丹羽、杉山、長岡、小林、小杉が出品。
石子順造『子守唄はなぜ哀しいか近代日本の母像』(講談社)
石子順造編『マンガ家・イラストレーターになるには』(ぺりかん社)
1977年2月7–13日☆長岡宏作品展(村松画廊)
7月石子順造が病没する。
1978年9月1–14日☆あぶりだしによる…………鈴木慶則展(ギャラリー手・東京)
◇林芳史「あぶり出し-平面の定位」(同展リーフレット)
石子順造『ガラクタ百科:身辺のことばとそのイメージ』(平凡社)
鈴木慶則「石子順造追悼追憶の海・清水時代の石子順造氏」(『夜行』No.7 北冬書房)
1979年2月26日–3月3日☆飯田昭二「物質」その属性展(村松画廊)
1980年8月26–31日☆小池一誠「かたち」展(静岡ガスサロン、事故のために実現しなかった幻の展覧会)
丸石神調査グループ(石子順造ほか)編『丸石神庶民のなかに生きる神のかたち』(木耳社)
1981年2月18日–3月1日☆飯田昭二展(ギャラリー手)
8月14–19日☆静岡の現代美術家による?展(西武百貨店・静岡)。飯田、小池、小杉、小林、杉山、長岡、丹羽が出品。
1982年11月24–29日、12月8–13日☆現代作家6人展(ギャラリー美術舎・静岡)。飯田、鈴木(慶)、小池、小杉、小林、長岡、丹羽が出品。
1983年1月24–29日☆小池一誠展一丸石一(ギャラリーQ・東京)
4月4–9日☆飯田昭二個展(ギャラリーU・名古屋)
1985年12月7–22日☆鈴木慶則展 Water-Edge(ギャラリー手)
◇林芳史「鈴木慶則の絵画水の平面相と絵画との円環相剋」(同展リーフレット)
1986年石子順造『キッチュ論(著作集第一巻)』(喇嘛舎)
1987年石子順造『イメージ論(著作集第二巻)』(喇嘛舎)
1988年石子順造『コミック論(著作集第三巻)』(喇嘛舎)
1990年飯田昭二「《幻触》後記」(『耕作だより』No.8、天地耕作事務局)
1995年前田守一「グループ「幻触」ノートーイリュージョンとしての美術を志向した冒険者たち一」(『県民文芸』34集、静岡県文化協会)
2000年飯田昭二「石子順造さんとグループ幻触」(『静岡の文化』61号、静岡県文化財団)、谷川晃―「鈴木慶則と石子順造」(同)、林芳史「杉山邦彦の最後の視線」(同)、石上秀生(前田守一)「幻触以後の動き」(同)
2001年5月25日–9月16日☆石子順造とその仲間たち〈クリレープ幻触を中心に〉(虹の美術館・清水)。飯田、小池、鈴木(慶)、丹羽、前田が出品。
◇「石子順造とその仲間たち展」(静岡新聞、6月22日)
◇「石子順造とその仲間たち展」(静岡新聞、6月29日)
◇「虹の美術館でトーク」(静岡新聞、7月23日)
◇鈴木慶則「石子順造のこと」(インタビュアー美濃和尋、「虹の美術館」ニュースレター第4号、10月)
2002年3月7–28日☆幻触1968年(静岡文化芸術大学ギャラリー・浜松)。飯田、小池、鈴木(慶)、丹羽、前田が出品。中森が参考出品。
◇「トリックアートが人気」(静岡新聞、3月8日)
◇「?」(毎日新聞、3月8日)
◇「5人の力作造形や絵画」(中日新聞、3月14日)
尾野正晴「トリックス・アンド・ヴィジョン盗まれた眼展について」(『静岡文化芸術大学研究紀要』第2巻、静岡文化芸術大学)
『石子順造とその仲間たち対談集静岡からのメッセージ』(虹の美術館)
2003年尾野正晴「幻触1968年」展報告(『静岡文化芸術大学研究紀要』第3巻、静岡文化芸術大学)
2004年『石子順造は今……アートからのメッセージ』(虹の美術館)
2005年6月4日–8月6日☆幻触展(鎌倉画廊)。飯田、小池、鈴木(慶)、丹羽、前田が出品。
◇「幻触展〈見る〉ことを問い直す」(『読売新聞』6月16日)
◇「視覚の本質あばく装置」(『毎日新聞』7月5日)
◇櫂木野衣「今を問い直す石子の視線」(『神奈川新聞』8月22日)
8月美濃和哥「石子順造と現代美術グループ『幻触』の先駆的役割」(『季刊清水』38号、戸田書店)
10月25日-12月18日☆もの派―再考(国立国際美術館、大阪)。飯田、小池、鈴木(慶)、丹羽、前田が出品。
◇鈴木慶則「表現に於ける石子順造の呪縛“絵画とは何物か”」(同展図録)
◇飯田昭二「石子順造と幻触の者たち」(同展図録)
◇尾野正晴「幻触とは何か」(『国立国際美術館ニュース』no.150)
10月「グループ『幻触』」の記録(1966–1971)』(虹の美術館)

尾野正晴編 「幻触1968年」展報告 『静岡文化芸術大学研究紀要』第3巻2003年に加筆して転載

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