戦後美術を振り返ると、地方都市を拠点とするグループが時として先鋭な活動を繰り広げている。1966年から数年間、静岡県に「幻触」というグループが存在し、地元で再検証が進んでいると聞き及んでいたが、その作品を集めた「幻触」展が神奈川県鎌倉市内の画廊で開かれている。

主要メンバーだった5人の作品を展示する。だまし絵風のトリックを使った作品が目をひく。例えば飯田昭二は鳥かごの中に青やピンクの物体を置く。周りを歩くと、すっと白く変化する。種を明かせば鏡が仕込んであるのだが、視覚が万能でなく、いわば鳥かごにとらわれたようなものであることに気付かせる。

鈴木慶則は画面の半分にマグリットらの作品を模写し、残る半分には裏返されたキャンバスを描く。丹羽勝次は合板にひもを配し、3次元的な箱に見える作品を手がける。前田守一「遠近のものさし」は立体物なのに、遠近法による絵画のごとく片方に向かって小さく作られている。それぞれに「見る」ことの枠組みを疑い、問い直している。

その姿勢は68年、東京都内で開催された「トリックス・アンド・ヴィジョン」展の作品傾向に通じる。そこには飯田らも参加していた。続いてほとんど手を加えずに物質を提示し、知覚との関係を探る「もの派」が登場するが、石を磨き、あるいは切断した小池一誠の作品はかなり近い位置にある。当時の美術動向における「幻触」の存在感は、改めて注目されてよい。

もっと大きく言えば、純粋な視覚性を重んじる近代的な美術観が世界的に揺らいだ時期でもある。それに連動する動きが静岡で進んでいたことになる。その理由を考える上で見逃せないのが、地縁があり、グループに刺激を与えたとされる美術評論家、石子順造との関係。彼らと石子の熱をはらんだ議論や交流が、一地域を超える仕事を生み出したのではないだろうか。

実際に彼らの作品を前にすると、いまなお自分の視覚がぐらりと揺らぐような感じがする。その当時、スリリングであったはずの、めまいにも似た身体感覚を味わうだけでも足を運ぶ価値のある回顧展である。

 

幻触 2005
手前は飯田昭二、奥は鈴木慶則の作品

 

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