October 26 – December 27, 2003

Hang
Hang 2003
Hang
Hang 2003
Hang
Hang 2003
Hang
Hang 2003
Hang
Hang 2003

Hang

2003年10月26日–12月27日

“Hang”(吊るす、引っ掛ける… etc.)をテーマに国内外の8人の作家より作品を出展致します。

HANGは二日酔い 金澤 毅


ジョージ・リッキー

1907年アメリカ・インディアナ州生まれ。2002年没。各地で美術教師として教鞭をとりながら作品を制作し、1949年最初のキネティックを試みてからは風力などを用いる数多くのキネティック彫刻を制作し続けた。磨き上げたステンレスを素材に幾何学的で洗練されたフォームをもつ彼の彫刻は、世界各地の美術館に設置されている。アレクサンダー・カルダーと共に彫刻の世界に「動き」をもたらした20世紀の代表的な彫刻家の一人。


クロード・ヴィアラ

1936年フランス・ニーム生まれ。切りっぱなしのカーテン地やシーツ、テントなどに彼のトレードマークである長方形がひしゃげたような連続的なパターンを描く。1960年代末にフランスで起こった、「シュポール/シュルファス」(「支持体/表面」)を代表する作家でもある。各国で作品を発表し、1982年にはパリ・ポンピドーセンターで大回顧展を開催。


尹 錫男 (ユン・スクナム)

1939年中国・満州生まれ。韓国在住。妻として、母としての生活を経て40歳を過ぎてから作家活動を始める。社会的に抑圧されてきた韓国の女性達の歴史を見つめ続け、フェミニズムの視点から多くの作品を制作。作品は主に継ぎ合わせたり切り出したりした木にアクリルで彩色したものだが、決して悲壮感のあふれる表現ではなく、そのユーモアのセンスと豊かな色使いは秀逸。近年は各国ビエンナーレ等国際的な舞台でも発表し、さらなる活躍が期待される。国内では1996年、1998年、2003年に鎌倉画廊で個展の他、1996年東京国立近代美術館でのグループ展など。10月16日より韓国のIlmin Museumにて個展を開催。今回展示の「999」は、女性の完全な社会的自立が成し遂げられていない状況を1000に届かぬ999本の細長い小さな女性像をもって表した作品で、1998年の発表当時に多くの注目を集めた作品です。


工藤哲巳

1935年大阪府生まれ。1990年没。58年東京芸術大学卒業。“反芸術”の代表的な作家であり、その舞台となった「読売アンデパンダン展」(1949年–63年)で発表(’58第10回–’62第14回)した作品は日本の戦後美術において重要なものとなった。1962年に渡仏後は、パリを拠点としてヨーロッパで活動。平面、オブジェ、インスタレーション、ハプニングなど様々な手法を用いたが、常に現代人や現代の社会を鋭く見つめた作家の表現は時に猥褻で、挑発的なものとなり注目を集めた。


有元容子

愛媛県生まれ。1971年東京芸術大学日本画科卒業。初個展は1976年。1977年創画会展に出品(–80年)。1978、1979年には春季創画会展で春季展賞受賞。1988年には唐津隆太窯に内弟子として入り、陶芸を学ぶ。1992年個展・グループ展において絵画とともに陶芸作品も発表した。1994年「両洋の眼・現代の絵画展」に日本画を発表し、以後毎年出品。第9回展では河北倫明賞を受賞。他に「菅楯彦大賞展」(1999・倉吉博物館、佳作賞受賞)、「JR東日本の美・山」展(2002 東京ステーションギャラリー)など。また、1999–2000朝日新聞に掲載された、落合恵子「午後の居場所で」では挿絵を担当。絶えることなく「山」を描き続け、日本画において自らの絵画世界を展開してきた。


藤原志保

1944年兵庫県生まれ。祖父から花鳥画を学び、その後水墨画の世界へ。いつしかその枠を飛び越えて、画面であった和紙を墨で埋め尽くし、造形し、やがてその墨の濃淡と和紙の起伏の中に独自の世界を確立した。天日に干すなどするため、時に湿度等の自然がもたらす偶然の作用も加わり、墨と和紙それぞれが持つ驚くほど多様な表情を引き出してきた。個展は、鎌倉画廊で1986、1988、1990年、いの町紙の博物館開館2周年記念展(1987・高知)、東京電力PULS MINUS GALLERY(1995・東京)、SALON DU HYOGO(2002・パリ)など。また、「日本国際美術展」(1982、1984、1986・東京都美術館/京都市美術館)、「アート・ナウ ’85」(兵庫県立近代美術館)、「第8回現代美術今立紙展大賞」(1988・今立/福井)、「素材の領分」(1994・東京国立近代美術館)、「素材の予感」(1995、1997、1998、1999、1901・マスダスタジオ・東京)、等グループ展にも多数参加。


中島敏行

1960年兵庫県・神戸生まれ。1980年東京芸術大学油画科入学。その後、大学院、研究生、助手として籍を置き、1994–95年非常勤講師を務める。1993–94年には渡米・渡欧(「空の日」芸術賞による)。初個展は1985年(ふじ画廊・大阪)。その後ルナミ画廊、小林画廊、永井祥子ギャラリーSOKO、アート・スペース・キムラ(共に東京)等で個展を開催。「街と邑の展覧会」(1985・倉敷市市立展示美術館)、「オープン・ザ・ゲート」(1988・東京芸術大学陳列館)、「神奈川アート アニュアル」(1993・神奈川県民ギャラリー)等のグループ展にも参加。蜜蝋・パラフィン等は「極めて流動的」であり、特に蜜蝋に関しては「生命的な物質でその素材感に強く惹かれた」というこれらの素材を作品に用いたのは1982年頃から。官能的ともいえるような美しい線を描きながら、細長く下へのびてゆく作品が印象的。「作品の緊張感・空間の緊張感を最大限に引き出」すため、これまで会場の天井高に合わせて制作した作品を数多く発表する。


メグミ・ナカイ

1997年カリフォルニア・インスティテュート・オブ・ジ・アーツ芸術学部卒業。「今日の作家」展(1999・横浜市民ギャラリー)、「UP ABOVE THE WORLD」展(1999・ギャラリー日鉱)、「日本現代写真」展(1999–2000・NBK、ドイツ国内巡回)等のグループ展の他、ドイツやアメリカでビデオ作品の出品やコンピレーションCDへの参加、アルバムのジャケットを手掛けるなどして作品を発表。何十個ものカラフルな眼を縫い付けられた犬のぬいぐるみを散歩させ、他の犬の反応とともに作品化したり、祝ってもらうべき人の名前が書かれるプレートに“景気”と書かれ、景気の低迷を表すかのように時間とともに崩れ姿を変えてゆく「景気屋さんのケーキ」、よくある雑誌のQ&Aコーナーの質問に現代社会への批判を含んだ回答を付けた「Q+A」などの作品を発表したり、その表現はメディアを限定することがない。鎌倉画廊で2002年春に開催した三人展「拝啓ジョン・ケージ様」展では新たに陶芸を用いた作品を発表。10/25–「クリテリオム57」(水戸芸術館現代美術センター)にて個展を開催。

Top »