Solo Exhibition
Yanagisawa Noriko studied under Hayashi Takeshi and Komai Tetsuro at Tokyo University of the Arts. Her representative works are copperplate prints, paintings that are drawn in Chinese ink, charcoal, stone pigment... and combined one as collage. One of the theme the artist keep drawing is our body. She has been trying to express spiritual things through drawing bodies. She often draws animals, birds, and plants those are sometimes become a part of human body. It shows her reverence for nature and life of all creatures. Her works are composed of “fragments” that gathered by her concerned with nature and human, primitive culture and modern civilization, animistic elements... those become a metaphor or media and the works become like poems. Recently, not only domestic museums but also foreign museums held her solo exhibition, for example Portugal, Romania, Israel, Bangladesh and etc. Last year, two museums in Shizuoka Prefecture held her solo exhibition at the same time. At this exhibition, 20 works included her latest works (copperplate prints and mixed-media paintings) will be on display.
柳澤紀子は東京藝術大学で画家・林武氏に師事し、大学院在籍中にかけて版画家・駒井哲郎氏より銅版画の指導を受けました。その作品は、銅版画をはじめ、和紙を支持体に岩絵具、墨、木炭などを用いたペインティング、さらにそれらを合体しコラージュを取り入れたものなど様々な技法・素材で制作されています。
作家が長く描き続けているテーマのひとつは私たち人間の「身体」です。太古より受け継がれてきた記憶を受け止め、変わりゆく現実社会に晒され、喜びも痛みも抱え込む器のような身体。作家は目に見える身体を通して目には見えない精神を見つめ、表現することを試みてきました。その身体は包帯のようなものに巻かれていたり、部分を欠いていたり、ごく一部分のみで描かれていますが、そこには静かな生命力が感じられます。そして同時に多く登場する動物や鳥、植物は、人間の身体と重なり、時には一部となって、生き物すべてが命の源泉であるかのような視点を思い起こさせます。
近年では、とりわけ狼が描かれていますが、作家にとって「この地上で賢く、美しい存在」である狼に対する畏敬の念から、3年前の東日本大震災後には天災・人災に見舞われる世界、また依然として争いや貧困の続く世界で強いものへの恐れのように狼が現れてきたといいます。また、身体とともに度々描かれる翼は、天女の羽衣のように上昇していくものへの憧れや自由・希望の象徴である一方、うまく操れなければ落下するほどの重みをもつなど、作家が実に多様な意味を感じ惹かれ続けて描いてきました。自然と人間、原始と文明、アニミズム的な要素など、それぞれの作品は作家がすくい取ってきた「断片」が媒体となりメタファー(隠喩)となって一篇の詩のような魅力を放っています。観るものは様々に想像を膨らませることでしょう。
発表の場は年々広がり国内はもとより、ポルトガル、ルーマニア、イスラエル、バングラディシュなどの美術館でも個展が開催され、昨年は静岡県の2ヶ所の美術館で大々的な個展が開催されました。今展のタイトル「Pathos(パトス)」は、ギリシャ語で情念や感情などを意味し、さらには苦悩や死、キリストの受難などを表しますが、作家は言葉の持つ“裏合わせ”の力を感じるといいます。苦悩の先や死の裏には希望や生・エロスへの情熱があることがここには含まれています。今展では最新作を中心に銅版画や混合技法の絵画作品およそ20点を展示致します。創造的な世界でありながら現実からも目を背けない姿勢―その両面が重ね合わされた作品群を是非ご高覧下さい。
制作を始めてから、随分長い時が経った。
今、その時間を振り返ってみると、1984年が私の一つのエポックだった気がする。その年、私は、詩人の岡田隆彦氏と改画集「海へ」を制作した。
学生時代、駒井哲郎先生がパリで吸った空気を今、目の前の私に向かって吐くような、訴求力の強い話と、実技の指導に誘われて銅版画の制作に打ち込むようになったのだが、制作を続けながらある時期から、「版画とは何だろうか」と問いかける自分のいることに気付いた。
「詩画集を作るなら、魂の触れ合うようなコラボレーションが必要になるからネ。」と念を押されて始まったのだが、今思い出しても、相互に言葉と版画とを交換していく作業は妥協の許さない真剣勝負だった気がする。
出来上がったポートフォリオを見て私は「版画は矢張り、言葉とコラボレーションする時、イメージがより引き出されるようだ。殊に銅版画の場合、その発生と後の運命に関係があることなのだろうか。」と思った。
もちろん、それが長い間の自分自身に対する間の最終の答とは思わなかったけれど、何かそれを掠めたような気がしたのだった。
この「海」を制作する4年程前に、私はニューヨークから郷里の浜松に暮らすようになっていた。久し振りということもあって、天竜川や浜名湖の水邊、遠州灘の渚で見る風景が、かつて自分が慣れ親しんだものである筈なのに、何もかも新鮮で、素朴な力に満ち、すべてが美しかった。水邊にあるものが私の目にそんな風に映ったのは、私の心の眼の構え方が、その後の人生の中で成長したためなのではないかとふと思ったりした。それとともに別において何を表現するかは、精神-Pathos-が捉えたものなのだと改めて思い知らされたのだった。
数年前、パリの自然史博物館を訪ねた時だったと記憶するが、偶々「動物記」の著者、E. T. シートンの録音収集した狼の遠吠えの声を聴いて強く感動したことがあった。同じ旅の中で私はウクライナも訪ね、チェルノブイリ博物館で当時の惨事の有様をつぶさに取材していた訳もあったろう。狼の声は大自然の荒野から人間に向かって警告を発しているように開こえたのだ。力強く、意味あり気であるが、悲しく、疲しげな声だった。
狼から進化したと言われる犬も賢く、その姿は、時として人間以上に訴えるものを持っており、私も多く描いて来た。しかし、狼は野生に留まっているだけにより俊敏で、野生に鍛えられているだけにより美しさに魅せられる。
かくして狼は最近、私の作品にしばしば出現することとなった。
2014年9月 柳澤紀子