静岡で活動した美術家のグループである「幻触」は、21世紀に入って再評価が進んでいる。2001年に静岡の虹の美術館で本阿弥清が企画した「石子順造とその仲間たち」展がきっかけとなり、その後展覧会や出版物が相次いだのである。2014年には静岡県立美術館で川谷承子が企画した「グループ「幻触」と石子順造 1966-1971」展が開かれて、歴史の彼方で忘却されつつあった幻触の活動は再び脚光を集め、戦後日本美術の歴史においてしかるべき場所を占めるようになった[1]

しかし、このような数々の機会にもかかわらず、幻触の作品は、依然として十分な解釈を与えられていないという思いがするのも事実である。そこには、皮肉にも、幻触が再び注目を集めることに寄与した石子順造やもの派との関係が影響しているように思われる。この小論では、主な問題点を指摘しつつ、幻触の美術家のいくつかの作品の解釈を試みたい。

よく知られているように、幻触の飯田昭二、小池一誠、鈴木慶則、丹羽勝次、前田守一は、1968年に中原佑介と石子が東京画廊と村松画廊で開いた「トリックス・アンド・ヴィジョン 盗まれた眼」展に参加した。石子は中原とともに作家の選定に携わり、石子とつながりのあった幻触の美術家の作品が多く選ばれることになった[2]

日本語の「トリック」には主に3つの意味がある。①「人をだますために行うこと」(「策略」「たくらみ」)、②「人を驚かせたり、笑わせたりするもの」(「いたずら」「わるさ」)、③「実際のものとは異なる姿で見間違えさせるもの」(「幻覚」「錯覚」)の3つであり、この展覧会では①と②も含意しつつ主に③の意味で使われていた。視覚と実在のズレを突いた高松次郎の「影」や「遠近法」のシリーズが「トリック」の文脈で評価されて、幻触もその流れに連なる作家とされたのは、こうした意味においてであった。

しかし、その後に登場したもの派が、「トリックス・アンド・ヴィジョン」展でピークに達したとされる「視覚の主知主義的操作への偏愛」を批判的に乗り越えて、「モノの在りようと直かに出会う新しい芸術行動への道」を開いたと考えられるようになると[3]、同展の典型例とみなされた幻触に対する評価が低下することになった。

だが、幻触作品は、どこまで「トリック」的だったのだろうか[4]

同展に出品された丹羽の「箱」シリーズは、アクソノメトリー(軸測投影図法)で制作されている。イヴ?アラン・ボワが指摘するように、無限遠点を前提とする遠近法が無限を可視的なものにしようとしたのに対して、平行線が無限に交わらないアクソノメトリーは、無限を思考可能なものにしている[5]。また、アクソノメトリーは、視覚よりも物体に忠実な表現方法であることを考えれば、丹羽の箱シリーズは思考や物体に関係した作品であるとみなすことができる。

鈴木の「非在のタブロー」のシリーズについても同様のことが言える。たしかに、カンヴァスの裏面が破れて表面が見えるように描かれた《非在のタブロー 空》(1967年)は「トリック」的と言えなくもないが、《非在のタブロー(キリコによる)》(1967年)などの作品は、ものとものの裏面とを同時に見せようとする試みであり、視覚が限定的にしか捉えることができない物体をいかに別の形で示すことができるかという認識一般の問題を扱っていると言える。

同展には出ていないが、今回再制作された飯田の《Window》(1967/2016年)もまた、一見すると「トリック」的に見えるかもしれない。しかし、①壁に掛かっているのに、窓の向こう側には空間が広がっているように見え、②その中に自分が映っているため、見ているのに見られている感じがして、さらに、③作品にパースがかかっているため、作品の正面に向いていても斜めに対面している感覚を覚えるようになっている。《Window》は、この3つの異なる知覚を作動させることによって現在の視覚を相対化することを目指したものである。つまり、飯田の作品は、視覚と存在の不一致を突いて目を欺くことを目指した「トリック」ではなく、視覚と視覚の不一致を作り出し、さらにそれを複数化することによって、視覚に対する脱構築的な考察を行った作品なのである。

幻触作品の「トリック」性が強調された原因のひとつは石子にあるだろう。フルクサスのジェフリー・ヘンドリックスが命名した展覧会名に関する石子の議論はよく知られている。石子は、英語のwhisky and soda、bread and butter、carriage and fourといった表現を並べて、「〝アンド〟によって接続される二者が、それぞれ要素でありながら同時に全体化しようとする、そのような連動への指示を意味している」と述べる[6]。そして石子は、トリックに「幻覚」、ヴィジョンに「幻視」の訳をあてて、どちらも目をだます視覚物とみなし、さらに、錯視性を強調した「盗まれた眼」という副題を付けることで[7]、展覧会の出品作品の錯視性を強調したのである。

だが、この石子の議論には問題がある。それは英語の誤解に端的に表れている。まず、この“and”は通常の並置の用法である。“trick”は可算名詞の複数形で使われているので、「見間違えさせるものたち」という具体的な意味であり、出品作品のことを指している。他方、不可算名詞の“vision”は、「見る能力」を意味する「視覚」を指している。実際、石子とともにカタログに文章を寄せた中原は「視覚」の訳語を当てている。石子の言う「幻視」の意味での“vision”は可算名詞なので、もし石子の意味で使うとしたら、“tricks and visions”と共に複数形にしなければならない。したがって、「トリックス・アンド・ヴィジョン」とは、「幻覚と幻視」というような虚偽的な錯視を強調したものではなく、視覚の対象と主体を並置してその対立を示した「見間違えさせるものたちと視覚」という意味であり、そこには、錯視を、したがって視覚を相対化する意図が込められているのである。中原はそのことを十分に理解していたが、石子は解釈を間違えるほどに、錯視性を重視していたのである。しかし、これまで述べてきたように、幻触の作品は「トリック」に限定されるものではなく、思考や認識など存在論的な問いを含む多様な問題を考察していた。そのことは強調されるべきであろう。

それから、幻触ともの派を対立的に捉える見方もまた修正される必要がある。もの派の活動は、峯村敏明が正しく指摘したように、形而上学よりも関係論に基づく発想が強かったが[8]、この点はもっと広く知られるべきである。もの派が関係論的であるならば、知覚や認識を相対化する幻触は、もの派とそれほど大きな懸隔で隔てられているわけではないことになる。

椹木野衣が指摘するように、前田の《Rheology》(1969年)、飯田の《トランスマイグレーション》(同)、小池の《石》(同)は、もの派とのつながりを感じさせるもので、いずれも関係論的な発想に基づいている[9]。本阿弥も近著で、幻触ともの派が登場した背景にある共通の問題関心を指摘している[10]。本稿では詳細に論じられないが、幻触ともの派の間の重なり合う部分を見ることで、幻触だけでなく、もの派の作品もまた、さらに豊かな解釈を生み出すのではないだろうか。

美術の動向に伴走してきた美術批評による価値の言説は、作品の明快な意味を浮かび上がらせる一方で、時として相反する価値が共存する作品や歴史の多様な差異を見えにくくすることがある。それはしばしば作家自身によって内面化されることで、豊かな可能性をもつ作品の解釈に制約を与えることすらある。そうした中で美術史家に求められているのは、批評家や作家の考えを踏まえつつも、作品の声に耳を傾けることであろう。幻触をめぐる状況について様々な議論がなされた現在、あらためてその繊細で多様な作品に立ち戻って、幻触の活動を含む、作品の連鎖が織りなす美術の歴史を書くことが求められているのではないだろうか。

(かじや けんじ・東京大学准教授)

[1] 展覧会としては、「幻触 1968年」展(静岡文化芸術大学ギャラリー、2002年)、「幻触」展(鎌倉画廊、2005年)、「もの派—再考」展(国立国際美術館、2005年)、「石子順造的世界」展(府中市美術館、2011–12年)がある。出版物としては、本阿弥清が編集して虹の美術館から刊行された以下の3冊の本『対談集 石子順造とその仲間たち』(2002年)、『石子順造は今… アートからのメッセージ』(2004年)、『グループ幻触の記録』(2005年)をはじめ、『静岡文化芸術大学研究紀要』に掲載された尾野正晴の論考、幻触への言及を含む椹木野衣『戦争と万博』(美術出版社、2005年)、本阿弥『〈もの派〉の起源』(水声社、2016年)がある。

[2] 同展については以下を参照。成相肇「「トリックス・アンド・ヴィジョン展 盗まれた眼」について 最近の調査から」『府中市美術館研究紀要』第15号(2011年3月): 23–47;同「「トリックス・アンド・ヴィジョン展」研究追補および石子順造関連文献目録補遺」『府中市美術館研究紀要』第17号(2013年3月): 9–20.

[3] 峯村敏明「「モノ派」とは何であったか」『モノ派』(鎌倉画廊、1986年)、3–4.

[4] ただし、飯田の「Half and Half」や前田の「ふきだし」のシリーズなどは「トリック」的である。飯田の作品は鳥かごの中のピンポン球や靴が見る位置によって別の色に見えるため、実際に目がだまされる。前田の作品は、マンガのふきだしを実体化することで、視覚と存在のズレを生み出すことを主目的としている。

[5] Yve-Alain Bois, “Metamorphosis of Axonometry,” Daidalos 1 (September 1981): 44–46.

[6] 石子順造「絵画論としての絵画」『トリックス・アンド・ヴィジョン展 盗まれた眼』(東京画廊・村松画廊、1968年)、1。

[7] 成相「「トリックス・アンド・ヴィジョン展 盗まれた眼」について」、26。

[8] 峯村敏明「存在を問う美術の系譜」『もの派—再考』(国立国際美術館、2005年)、30–31。

[9] 椹木『戦争と万博』、203–204、319。

[10]本阿弥『〈もの派〉の起源』、113–114。

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